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INTERVIEW「僕が今、鉄鋼館に立つ理由」

2015/6/27 福間創ソロ初ライヴ@鉄鋼館

鉄鋼館共鳴する

子音楽×ェロ×音響

LIVE IN HEAVEN

 

INTERVIEW 

「僕が今、鉄鋼館に立つ理由」前編 

1970年に開催された日本万国博覧会。

その出展施設「鉄鋼館」を再生させた記念館「EXPO'70パビリオン」をライヴ会場に選んだそのワケは?

福間創、音響エンジニアの家辺大輔さんを迎えて、アレコレ訊いてみました。

 

 

福間さん、ある日ポッとmixiに現れました(笑)

――まずはじめに、鉄鋼館をライヴ会場に選んだ理由と、福間さんと家辺さんの出会いをお聞かせください。

 

福間:僕は日本万国博覧会(以下「万国博」)が開催された1970年に大阪で生まれ、万国博、公園、太陽の塔すべて子どもの頃から身近な存在でした。ただ数多くあったパビリオンの中で「鉄鋼館」のことはあまり知らなくて。

音楽を始めて随分経ってから、電子音楽と鉄鋼館、更に万国博が開催された意義などを意識するようになったんです。そしてある日mixiで鉄鋼館のコミュニティを発見して。その管理人をしていたのが家辺くんでした。

 

――家辺さんはなぜ鉄鋼館に興味を?

 

家辺:僕は2005年に鉄鋼館でライヴイベントを開催していて、告知用にコミュニティを作ったんです。イベント2年後の2007年に福間さんがポっとmixiに現れて(笑)やり取りがスタートしました。

 

家辺さんプロフィール

家辺大輔(やべ だいすけ)

 

1982年8月24日生まれ。音響エンジニア。京都生まれ、京都育ち、京都在住。

物心ついた頃から楽器、オーディオ、車、アンティーク時計etc、お金のかかる趣味ばかりに没頭し好事家への道を歩む。

近代建築好きが高じて2005年に万博記念公園にて鉄鋼館保存のための音楽イベント「RE:スペースシアタープロジェクト」を主催。近年ではイベントでの音響エンジニアとしての仕事の他、京都の音を使った演奏会や、展覧会企画等にも携わる。

福間:そうそう。鉄鋼館の歴史や背景を教えてもらって、当時の鉄鋼館は老朽化し、いずれ取り壊されるという話もあり「ある内に何かやりたいね」と最初は軽い気持ちでした。でも色々と思い描くものがあって難航したよね(笑)

 

家辺:戦後の日本復興を世界にアピールする重要な博覧会であったこと、著名な芸術家が数多く参加していたこと、その後ろでは様々な思惑が動いていたという関係性も見え隠れする……。調べれば調べるほど、この場でどんなイベントをすべきかという部分が見えなくなってしまいましたよね。

 

福間:単に場所を借りてライヴしましたでは、僕らにとっても観に来ていただく方にも意味がないなぁと。とはいえ取り壊されてしまう前に何とかしたかったんだけどね。

 

家辺:で、そうこうしている内に鉄鋼館は記念館という形で保全されることが決定。

 

福間:そう。「取り壊されてしまうからその前に」という目的の半分が無くなったというか達成されてしまって。何をやるのかも曖昧なままだったから僕らがやる意味なくなっっちゃったかなぁと。不完全燃焼のままフェードアウト(笑)

 

――それから時を経て今。

 

福間:数年前に鉄鋼館が記念館として生まれ変わったEXPO'70パビリオンを見たとき、「随分スタイリッシュに再生されたな!」と正直驚きました。館員の方にお伺いしてみたところ「ホワイエを音楽イベントスペースとして利用することも可能ですよ」と。これが去年。早速、家辺くんにコンタクトを取りました。

一度頓挫して、今ソロお披露目の場に。

――家辺さんは、数年ぶりに福間さんから連絡がきていかがでしたか?

 

家辺:あぁ覚えていてくれはったんだと(笑)。僕はパビリオンを2010年の開館の頃から見ていて、実は福間さんから「ライヴをしたいと考えているんだ」と言われて「うーん……」というところもあって。

 

――それはどうして?

 

家辺:行われているイベントが万国博を振り返るものが多く、以前企画がまとまらなかった時同様に色々考えてしまって。でも福間さんから「歴史に重点を置きすぎず、今回は空間としてみてみたらどうかな」と言われて。確かにフラットに「場所」としてとらえれば気負いすぎずにできるのかも、と考えが変わりました。この場所で面白いイベントの例をつくることで、他の人も表現の場として使うようになったらいいなと。

 

――一度目の企画当時に開催していたらsoyuz projectとしての演奏になったかと。それが今回、福間創ソロ初のライヴの場になることはどうですか?

 

福間:一度頓挫した夢がソロのお披露目として実現できるのがとてもうれしいです。若かりし時に(笑)悩む日々を共有した家辺くんに音響面で協力してもらえるのも心強いですしね。今パビリオンでは鉄鋼館のコンサートホールだった「スペースシアター※」の当時の演目を照明演出含めて再現されていて、それを見るたびに今だったらどんなことができるんだろう……と想像がふくらみます。

(※2015年現在スペースシアターはホールとしては使用されておらず内部には入れません。上演プログラムの再現などはガラス越しの観覧です。)

 

――昨年8月、今年3月とソロ名義で2枚のバルク作品を発表していますが、家辺さんは昔から福間さんをご存じで、soyuzからソロになったことでの音楽性や印象の変化を感じていますか?

 

家辺:そうですね。福間さんが鉄鋼館でライヴをしているシーンをイメージすると、今の方がしっくりくる気がします。初めてソロ1作目「Flowers -soundtrack-(β.Bulk2014)」を聴いた時「等身大の福間さん」という感じがしたんですよね。soyuzはテクノのフォーマットに合わせた作風でその良さは当然あるんですけど、ソロは今の福間さん自身を表現することに徹しているという感じでしょうか。鉄鋼館という場所を考えると、やっぱりソロの方が適しているのかなと。

 

福間:あら嬉しい(笑)。歴史を振り返りその上で今何をするか。それがかつて鉄鋼館で表現された事、パフォーマンスした方への僕なりのアンサーになると思うんです。

ライヴには2作目「Flowers-senses- (Bulk2015)」にご参加いただいたチェロ奏者の方とのセッションも予定しています。歴史ある楽器とどちらかといえば歴史をぶち壊してきたテクノロジーとの関係性、1970年の万国博、更にいえば1964年の東京オリンピックから続いた国威発揚の歴史、そしてこの後東京でのオリンピックも控えていて。僕にとって過去の変革とこれからが気になる2015年の今、ソロとしてのはじまりを鉄鋼館で、ということになったんです。

 

 

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